代替タンパク2026-07-16監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

昆虫食・新規食品原料の研究開発職はキャリアとして成立するのか

この記事の要点

「昆虫を食べる仕事、って言うと、みんな一瞬固まるんですよね」

ある転職相談の場で、昆虫食スタートアップの研究職に応募しようとしている方からそう聞いたことがあります。ご本人はコオロギパウダーの品質評価に携わっていて、技術的には面白い仕事だと感じているのに、周囲の反応が「ゲテモノ枠」から動かないことに、少しもったいなさを感じているようでした。僕自身、この分野を追いかけていて思うのは、昆虫食というテーマは入り口の印象が強すぎて、その先にある「新規食品原料の研究開発」という本質的なキャリアの構造が見えにくくなっているのではないか、ということです。結論から言うと、僕は昆虫食・新規食品原料の研究開発職は、原料そのものの技術だけでなく「安全性の制度をどう通すか」という視点を持てるかどうかで、市場価値が大きく変わってくると考えています。今日はその構造を、段階的に分解してお話しします。

1. 昆虫食・新規食品原料の研究開発、いま何が起きているのか

まず現状の整理から始めます。国連食糧農業機関(FAO)が2013年に公表した報告書「Edible insects: future prospects for food and feed security」は、昆虫食を世界的な食料安全保障の選択肢として位置づけた文書として、この分野ではよく引用されます。人口増加と飼料効率の課題に対して、昆虫は少ない資源で高タンパクな原料を生産できる可能性がある、という論旨です。日本国内でも農林水産省が設置した「フードテック官民協議会」のような場で、代替タンパク質の一分野として昆虫食が議題に上ることがあると僕は理解しています。ただ、僕の体感値で言うと、実際の採用市場ではまだ「昆虫食専門の研究開発職」という求人の絶対数は多くありません。むしろ、大豆ミートや培養肉といった大きな代替タンパク領域の中に、原料の一つとして昆虫やその他の新規原料が含まれている、という構造の方が多い印象です。だからこそ、昆虫食だけを追いかけるのではなく「新規食品原料の研究開発」という広い枠組みで自分の専門性を捉え直すことが、キャリアの選択肢を広げる第一歩になると僕は考えています。この視点の転換は、比喩で言えば「専門店の看板」から「専門技術を持った職人」に自分の見せ方を変えるようなものです。看板が変わっても、腕の良さそのものは変わりません。

2. 研究開発職に求められる3層のスキル

この分野の研究開発職を分解すると、僕は大きく3つの層に分かれると考えています。1つ目は原料開発の層で、昆虫であれば飼育・加工・粉末化などの技術、藻類であれば培養条件の最適化といった、原料そのものを作り出す技術です。2つ目は安全性評価の層で、アレルゲンの有無、微生物汚染のリスク、重金属の蓄積など、食品として安全かどうかを科学的に検証する仕事です。3つ目は製品化の層で、原料を実際の食品に落とし込み、風味や食感を調整して市場に出せる形にする仕事です。多くの求人票では、この3層のうち1つか2つに強い人材を求めていますが、僕の観察では、3層すべてに顔を出せる人ほど、選考でも社内でも評価が高くなりやすい傾向があると感じています。特に安全性評価の層は、実験室での技術だけでなく、行政や消費者庁とのコミュニケーション能力も求められるため、意外と手が挙がりにくい領域です。だからこそ、ここに強みを持てると、他の応募者との差がつきやすいと僕は考えています。もし今、原料開発だけに専念しているのであれば、安全性評価の基礎知識を少しずつ広げていくことが、次のキャリアの選択肢を増やす近道になるはずです。

3. ノベルフード対応という「見えない壁」——制度理解が武器になる理由

ここが今回の記事で一番お伝えしたい部分です。新規食品原料の研究開発において、技術力があっても市場に出せない、というケースは実は少なくありません。その壁になるのが、各国・地域の食品安全制度です。下の表に、僕が理解している範囲で日欧米の制度の違いを整理しました。

地域・国新規食品原料の主な扱い研究開発側に求められる対応
EUNovel Food Regulation(EU)2015/2283に基づき、ミールワームやイエコオロギなどの昆虫食原料は事前の安全性審査・認可を経て流通する仕組みになっていると理解しています欧州食品安全機関(EFSA)向けの安全性評価資料の作成、アレルゲン・微生物データの整備
日本食品衛生法上、添加物のような包括的な事前許可制度は明確には整備されておらず、食経験の有無や科学的知見をもとに個別に判断される運用が主だと僕は理解しています地域の食文化における食経験調査、消費者庁・厚生労働省への相談実績の蓄積
米国GRAS(Generally Recognized As Safe)の自己認証やFDAへの通知という仕組みを活用するケースが多いと理解していますGRAS通知に必要な毒性試験のデザイン、既存文献のレビュー能力

この表を見ていただくと分かる通り、地域によって「何を、どこまで準備すれば流通できるのか」がまったく異なります。僕がこれまで見てきた中で、技術的には優れているのに事業化のフェーズで足踏みしてしまうチームは、この制度対応の設計を後回しにしていることが多いと感じています。逆に言えば、研究開発職の側がこの制度理解を早い段階から持っていられれば、事業の意思決定を早める貴重な存在になれるはずです。個人的には、この「制度を読む力」こそが、昆虫食に限らず新規食品原料領域での市場価値を決める、一番の分水嶺になっていると考えています。

4. 昆虫食以外にも広がる視野——藻類・副産物・発酵タンパクという隣接領域

新規食品原料というテーマは、昆虫食だけの話ではありません。スピルリナなどの藻類、食品加工の過程で生まれる副産物の再利用、発酵技術を使った新しいタンパク質原料など、隣接する領域はいくつも存在します。僕の体感値で言うと、これらの領域は求人票の文言こそ異なりますが、実務の骨格はかなり似通っています。原料の安定生産、安全性評価、そして製品化という3層構造は、原料が昆虫でも藻類でも副産物でも、基本的には変わらないからです。だからこそ、昆虫食の研究開発で得た「食経験調査のやり方」や「安全性評価資料の作り方」という経験は、そのまま別の新規原料の開発にも応用できると僕は考えています。これはキャリアを考える上でとても心強いポイントです。ニッチな領域だからこそ将来性が不安、という声をよく聞きますが、実際には「原料が変わっても通用する制度対応スキル」を持てているかどうかの方が、長期的なキャリアの安定性に直結すると僕は見ています。狭い専門を選んだつもりが、実は広い応用力を持つ土台を作っていた、ということは意外と多いものです。

5. 今日からできる実務アクション

ここまでの話を、実際に今日から動けるアクションに落とし込んでみます。1つ目は、自分が興味を持つ原料領域について、関連する制度・ガイドラインを一度自分の言葉で要約してみることです。EUのNovel Food Regulationでも、日本の食経験調査の考え方でも構いません。既存の資料を読んで、自分の言葉で3行程度にまとめてみるだけで、面接での説明力は大きく変わります。2つ目は、これまでの業務経験の中で、安全性評価や行政・自治体とのやり取りに関わった経験を洗い出してみることです。小さな相談実績であっても、書類上では立派な実務経験として書けることが多いです。3つ目は、応募先企業がどの層(原料開発・安全性評価・製品化)を最も強く求めているのかを、求人票の言葉から読み取ってみることです。「安全性」「規制対応」「行政」という言葉が多ければ2層目、「風味」「食感」「商品化」という言葉が多ければ3層目が重視されている、という具合に読み解けます。この3つのアクションは、どれも今日中に始められる小さな一歩ですが、僕はこうした地道な準備の積み重ねが、選考の場での説得力を確実に高めると考えています。

6. よくある失敗とケース比較

最後に、この領域でよく見かける失敗のパターンを2つ紹介します。1つ目は、原料開発の技術力だけを前面に出し、安全性評価や制度対応の視点をまったく語らないケースです。面接官が事業化のフェーズを意識している場合、この視点の欠落は「技術は良いが事業を前に進められない人」という印象につながりやすいと僕は感じています。2つ目は、逆に制度や規制の話だけに終始してしまい、実際の原料や製品にどう向き合ってきたかという一次体験が語られないケースです。制度理解は重要ですが、それだけでは「現場感のない人」という評価を受けかねません。僕の体感では、両者をバランスよく語れる人材が最も評価されやすく、大手食品メーカーの研究開発職と、昆虫食を含むスタートアップの研究職とでは、求められるバランスの重心が少し異なります。大手では安全性評価や品質保証との連携が重視され、スタートアップでは原料開発から製品化までを一人で背負う場面が多い、というのが僕の観察です。自分がどちらの環境で力を発揮しやすいのかを、一度立ち止まって考えてみることも、キャリア選択の精度を上げる助けになるはずです。

0.(結論)

ここまで、昆虫食・新規食品原料の研究開発職というテーマを、制度理解という切り口から分解してきました。原料開発・安全性評価・製品化という3層のスキル、そして日欧米で異なるノベルフード対応の考え方、さらに藻類や副産物といった隣接領域への応用可能性まで、駆け足でお話ししてきましたが、僕が一番伝えたかったのは「昆虫食」という入り口の印象に振られすぎず、その奥にある新規食品原料研究開発という本質的な専門性を、自分自身の言葉で説明できるようになってほしい、ということです。皆さんいかがでしたでしょうか。制度と現場、その両方に片足ずつ乗せられる人材は、この分野ではまだ多くありません。では今日もがんばりましょう。

よくある質問

Q. 昆虫食の研究開発職に転職するには、どんな経験が評価されますか?

僕の体感値では、原料そのものの開発経験だけでなく、安全性評価や行政・自治体への相談実績まで含めた「制度対応の経験」が評価されやすいと考えています。EUのノベルフード審査やGRAS通知のような枠組みに触れた経験、あるいは食経験調査を自分でまとめた経験があると、書類選考の段階で強い印象を残せます。逆に原料開発のみで安全性評価に触れていない場合は、面接で不足を補う準備をしておくと安心です。

Q. 日本には昆虫食のような新規食品原料を規制する制度はありますか?

結論として、日本には食品衛生法上、添加物のような包括的な事前許可制度が明確には整備されておらず、食経験の有無や科学的知見をもとに個別に判断される運用が主だと僕は理解しています。EUのNovel Food Regulation(EU)2015/2283のような一元的な審査制度とは仕組みが異なるため、研究開発職には食経験調査や関係機関への相談実績を積む姿勢が重要になります。

Q. 昆虫食以外に、新規食品原料の研究開発職として注目すべき領域はありますか?

僕の理解では、藻類(スピルリナ等)、食品副産物の再利用、発酵由来のタンパク質原料なども同じ「新規食品原料」の枠組みで考えられる領域です。いずれも安全性評価や食経験調査という共通の実務が発生するため、昆虫食で得た制度対応の経験は他の新規原料の研究開発にもそのまま応用できると僕は考えています。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

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