新規食品の許認可を動かすレギュラトリーアフェアーズ職というキャリア
- 培養肉の新規食品審査は、研究データが半年で揃っても書類化と事前相談に約8か月を要した実例がある。
- 研究開発職・QA職・薬事担当という3つの出身キャリアから、レギュラトリーアフェアーズ職への転身が起きている。
- 厚労省の有効求人倍率は専門技術職全体で1倍台前半だが、食品規制対応職はそれより高いと現場では感じられている。
「研究もできる、法律の条文も読める。けれど、自分はどちらの専門家でもない。こんな自分に、市場価値なんてあるんでしょうか」
先日、食品メーカーの研究職から、社内の薬事対応窓口に異動になったばかりの方から、こんな相談をいただきました。結論から言うと、僕はその「どちらつかず」こそが、いまのフードテック業界で急速に値打ちを増しているポジションだと考えています。培養肉、昆虫食、精密発酵由来のタンパク質——こうした新規食品原料が実際に市場に出るためには、研究データを「行政が読める言葉」に翻訳し、承認までの道筋を描ける人材が必要になります。それが、この記事で扱うレギュラトリーアフェアーズ職です。研究部門でもない、法務部門でもない、その間にぽっかり空いた場所を埋める仕事、と言えば伝わるでしょうか。この職種名を検索しても、まだ求人票の数はそれほど多くありません。けれど、実務の中身を丁寧に聞いていくと、多くの企業がすでに「誰かにこの役割を担ってほしい」と感じていることが分かります。今日はこの職種のキャリア価値を、僕がこれまで見聞きしてきた現場の実例を交えながら、じっくり整理してみます。
0. なぜ今、レギュラトリーアフェアーズ職に光が当たっているのか
フードテック分野で研究開発が進むほど、次のボトルネックは「承認」に移っていきます。培養肉であれば、厚生労働省の食品衛生法に基づく新規食品としての取り扱いの整理。昆虫食であれば、原料や加工方法ごとの食経験の有無の確認。代替タンパクであれば、表示ルールとの整合性——研究がどれだけ完成度高く仕上がっても、これらをクリアしなければ、商品は棚に並びません。僕の体感値になりますが、ここ2〜3年でフードテック企業からの相談内容は、「原料開発をどう進めるか」から「どうやって承認・表示の壁を越えるか」へと、明らかに重心が移ってきています。農林水産省が旗を振るフードテック官民協議会のような枠組みでも、新規原料の事業化を後押しする議論が続いており、行政側にも「承認のスピードを上げたい」という問題意識があるように、僕には見えています。研究開発の予算はついたのに、承認担当者が足りずにプロジェクトが足踏みする——そんな相談を、僕はこの1年だけでも複数回受けました。
1. レギュラトリーアフェアーズ職とは、実際何をする仕事か
レギュラトリーアフェアーズ(規制対応)という言葉は、医薬品業界で先に定着した概念で、食品業界ではまだ職種名として確立しきっていません。実態として、僕はこの仕事を次の3つの動きを行き来する役割だと整理しています。まず、研究部門が出した安全性データや機能性データを、行政や第三者審査機関が求める様式に整える「書類化」。次に、消費者庁の食品表示基準や厚生労働省の食品衛生法など、複数の制度のどれに該当するかを見極める「該非判断」。そして、審査機関や監督官庁との折衝を通じて、承認までのスケジュールを現実的な線に引き直す「進行管理」です。イメージとしては、研究者が現地の言葉で書いた手紙を、行政という異なる言語圏に届くように翻訳し直す通訳者に近いと僕は思っています。日々の業務でいうと、研究部門から届いたデータを読み込み、足りない情報を洗い出して依頼し直す、という地道なやり取りが仕事の大半を占めます。研究者としての専門性だけでも、法務としての専門性だけでも成立しにくく、両方の言葉が分かる人材が重宝される、というのがこの職種の特徴です。
2. 新規食品原料が越えなければならない「承認の壁」——培養肉・昆虫食・代替タンパクの現場
培養肉は、日本国内でまだ食品としての販売実績がなく、新規食品としての取り扱いを前提に、行政への相談や審査のプロセスを踏む必要があります。昆虫食は、コオロギなど一部の原料は食経験があるとされる一方で、由来や加工方法によって整理の仕方が変わるため、案件ごとの個別判断が求められます。昆虫食に関わる、ある食品企業の担当者からは、「原料としては食経験があっても、加工方法が変わるだけで、また一から説明資料を作り直すことになった」という話を聞いたこともあります。代替タンパクは、承認そのものよりも「表示」の段階で躓くケースが目立ちます。実際に僕が話を聞いたある培養肉スタートアップでは、研究データ自体はおよそ半年で揃ったものの、それを審査機関が求める様式に落とし込み、事前相談を重ねる工程だけで、さらに8か月ほどを要したそうです。担当者は「研究が終わった時点がゴールだと思っていたら、そこからが本当のスタートだった」と振り返っていました。その後、この会社は無事に承認の手続きを進め、量産化に向けたラインの検討に進んだと聞いています。研究のスピードと、承認のスピードは別物である——この地味だけれど重要な事実を、僕はこの案件から改めて教わりました。
3. 求められるスキルセット——「翻訳者」としての技術
この職種で評価されるのは、法律の条文を丸暗記する力ではありません。僕が現場で見てきた「強いレギュラトリーアフェアーズ担当者」に共通するのは、次の3つの技術だと感じています。ひとつは、研究データの「意味」を非専門家に伝え直す説明力。ふたつめは、複数の制度をまたいで「この原料はどの枠組みに当てはまりそうか」を仮説立てて整理する力。みっつめは、審査機関や監督官庁とのやり取りを、感情的にならずに淡々と積み重ねる交渉の持久力です。法学部出身である必要も、博士号を持っている必要もありません。むしろ研究の現場を知っている人のほうが、データの「弱いところ」を先回りして補強できる分、強みを発揮しやすいと僕は考えています。僕が支援の現場で見た失敗例では、審査機関から出た質問に対して、研究部門に丸投げしたまま数週間放置してしまい、スケジュール全体が押してしまったケースもありました。制度の理屈だけを追いかけて、研究データの中身を理解しようとしない人は、審査機関から見て「話が噛み合わない担当者」になりがちで、これは意外と多い失敗パターンだと感じています。
4. どのキャリアからこの職に転身できるか
僕がこれまで相談を受けてきた転身パターンを、出身キャリア別に整理すると、次のようになります。
| 出身キャリア | 強み | キャッチアップが必要な点 |
|---|---|---|
| 研究開発職 | データの読み方・実験設計の妥当性を語れる | 法令・制度の全体像、行政との折衝経験 |
| 品質保証(QA)職 | 規格・基準への準拠意識、書類作成の型 | 前例のない新規原料特有の判断への慣れ |
| 製薬・化粧品業界の薬事担当 | 審査対応・行政折衝の実務経験 | 食品衛生法・食品表示基準など食品特有の制度知識 |
僕の体感では、研究開発職からの転身がもっとも多く、次いでQA職からの異動、そして製薬業界で薬事を経験した方が食品側に越境してくるケースが続きます。特にQA職からの異動では、これまで「決まった基準に沿っているか」を確認する仕事から、「まだ基準がない原料をどう位置づけるか」を考える仕事への転換が求められるため、最初は戸惑う方が多い、というのが僕の印象です。どの出身から入るにしても、最初の半年から1年は「食品特有の制度を体系的に学び直す期間」になることが多く、この期間をどう支援するかが、受け入れる企業側の採用力の差としても表れていると僕は感じています。学び直しの期間を「独学に丸投げ」する企業と、社内外の勉強会や外部相談窓口の活用を後押しする企業とでは、その後の定着率が違って見えるというのが、僕の正直な観察です。
5. 年収・求人動向を公的統計と現場感覚から読む
この職種単体を捕捉した公的統計は、まだ整備されていません。そこで、隣接する数字から輪郭を捉える必要があります。厚生労働省の「職業安定業務統計」で公表される有効求人倍率は、専門的・技術的職業全体でおおむね1倍台前半で推移していますが、僕が食品系の技術・薬事系の求人を日々見ている体感値で言うと、化学・食品分野の規制対応ポジションはそれよりも高い倍率——つまり企業側が人を探すのに苦労している状態——にあると感じています。求人票の書き方も過渡期にあり、「品質保証」「薬事」「渉外」といった既存の職種名で募集されながら、実態はレギュラトリーアフェアーズに近い、というケースも少なくありません。年収についても、僕がこれまで担当してきた求人の範囲で言うと、研究職からレギュラトリーアフェアーズ職に異動・転職した方の年収は、異動前の研究職としての年収とほぼ横ばいか、やや上振れするケースが多い印象です。これは、この職種が単独の専門性ではなく「専門性の掛け算」で評価される、比較的新しいポジションであることの裏返しだと僕は捉えています。今後、新規食品原料の実用化案件が増えるほど、この掛け算の希少性はさらに上がっていくはずだと、僕は見ています。
(結論)
レギュラトリーアフェアーズ職は、研究でも法務でもない、その間を埋める仕事です。だからこそ、これまで「どちらつかず」だと感じてきた方にこそ向いているキャリアだと僕は思っています。新規食品原料の実用化が政策的にも後押しされるいま、この「翻訳者」としての役割は、フードテック業界の中でこれからさらに輪郭がはっきりしていくはずです。皆さんいかがでしたでしょうか。ご自身のこれまでのキャリアが、実は「承認を動かす仕事」に生きるかもしれない——そんな視点で、一度立ち止まって考えてみてください。では今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. レギュラトリーアフェアーズ職とは具体的にどんな仕事ですか?
研究部門が出した安全性データを行政が求める形式に整え、該当する制度を見極めた上で、審査機関や監督官庁と折衝しながら承認までの進行を管理する仕事です。研究者と法務担当の間を埋める「翻訳者」のような役割で、医薬品業界で先に定着した概念が食品業界にも広がりつつあります。
Q. 研究職からレギュラトリーアフェアーズ職に転身すると年収は下がりますか?
僕がこれまで担当してきた求人の範囲では、研究職からの異動・転職後の年収は、異動前とほぼ横ばいか、やや上振れするケースが多い印象です。専門性を単体でなく掛け合わせて評価されるポジションであるため、極端な下落は目立ちにくいと感じています。
Q. 新規食品原料の承認にはどれくらいの期間がかかりますか?
案件によって大きく異なりますが、僕が話を聞いたある培養肉スタートアップでは、研究データ自体は半年ほどで揃った一方、書類化と行政への事前相談だけでさらに8か月ほどを要しました。研究の完成がゴールではなく、そこからが本番だと捉えておく必要があります。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。